感謝しているのに、会社PCを開くとまだ胸がざわつく。
踊り場からの再起動 #7
前回、
会社に育ててもらった話を書きました。
入社したばかりの頃、
ぼくは本当にポンコツでした。
それでも会社は、
ぼくを見捨てませんでした。
上司にも、
同僚にも、
仲間にも恵まれました。
やりたくなかった仕事が、
あとから自分を助けてくれたこともありました。
だから、
会社への感謝はあります。
これは本当です。
でも、
もう一つの本音もあります。
感謝しているのに、
会社PCを開こうとすると、
まだ胸がざわつきます。
この矛盾を、
今日は書いておきたいと思います。
少しずつ苦しくなっていった
最初から、
会社が苦しかったわけではありません。
むしろ、
楽しく働けていた時期はたくさんありました。
でも、
ある時期から少しずつ苦しくなっていきました。
責任が少しずつ重くなりました。
求められる役割も、
少しずつ変わっていきました。
誰に、
どこまで相談すればいいのか。
自分で決めるべきことと、
人に頼るべきことの境目が、
だんだんわからなくなっていきました。
仕事の量も増えました。
考えなければいけないことも増えました。
資料を作って、
説明して、
判断しなければいけない場も増えていきました。
一つ一つは、
きっと特別なことではなかったのだと思います。
でも、
それが少しずつ積み重なっていきました。
周りには、
優秀な人たちもいました。
責任感が強く、
仕事に真剣な人たちでした。
だからこそ、
自分との進め方の違いや、
考え方の違いに、
うまく向き合えない場面もありました。
誰かが悪い、
という話ではありません。
ただ、
歯車が少しずつ噛み合わなくなっていった感覚がありました。
自分の判断に、
少しずつ自信が持てなくなっていきました。
何かを決めるたびに、
これで本当にいいのだろうか、
と思うようになりました。
自分はここにいる意味があるのだろうか。
そんな感覚が、
少しずつ強くなっていきました。
情けない相談だと思って、言えなかった
本当は、
もっと早く相談すればよかったのだと思います。
でも、
それは少し情けない相談のようにも感じていました。
「このままの自分で、役に立てているのだろうか」
「自分の存在価値がわからなくなっています」
そんなことを、
なかなか言えませんでした。
求められる役割が変わった時期でした。
だからこそ、
これくらい自分で判断しないといけないと思っていました。
これくらい自分で結論を出して、
やり切らないといけないと思っていました。
でも、
どこまで自分で決めて、
どこから相談すればいいのか。
その境目を、
うまく作れませんでした。
助けてと言えなかった。
弱さを見せられなかった。
できませんと言えなかった。
そして、
少しずつ孤立していきました。
会社だけが悪かったわけではない
会社にも、
構造的に難しいところはあったと思います。
役割の置き方。
相談ライン。
組織の形。
人と人との相性。
そういうものが、
うまく噛み合っていなかった部分はあったと思います。
でも、
会社だけが悪かったとは言い切れません。
ぼく自身も、
もっと早く頼るべきでした。
もっと早く相談するべきでした。
「こんなことで相談していいのだろうか」
「これくらい自分で判断しないといけないのではないか」
「求められる役割が変わったのだから、これくらいできないといけない」
そんな思い込みがありました。
会社の構造もありました。
人との相性もありました。
でも、
ぼくの思い込みもありました。
だから、
誰か一人を悪者にして終わらせたいわけではありません。
この話は、
そんなに単純ではありません。
生活のリズムも、少しずつ崩れていった
苦しくなっていた頃、
生活もかなり崩れていました。
夜遅くまで仕事をして、
少しだけ眠る。
まだ外が暗い時間に起きて、
また資料を作る。
朝の音声配信をして、
そのまま仕事に向かう。
会社に着いたら、
すぐにまた仕事が始まる。
そんな日が、
少しずつ増えていきました。
今振り返ると、
明らかにおかしい生活です。
でも、そのときのぼくは、
それをおかしいと思い切れていませんでした。
食事も、
ちゃんと取れていませんでした。
食べると眠くなる気がして、
食べないほうがいいと思っていました。
仕事が終わったあと、
ようやく何かを口にする。
そんな生活でした。
それでも、
なんとかなると思っていました。
でも、
なんとかなっていませんでした。
少しずつ、
身体と心が削れていました。
休職してから、会社の人の言葉に救われた
休職してから、
会社の人にも助けてもらいました。
手続きで関わってくれた方は、
「ゆっくり休んでください」
と言ってくれました。
以前一緒に働いていた方たちも、
連絡をくれました。
「とにかくゆっくり治せ」
そう言ってくれました。
ちゃんと治ったら、
またできることがある。
そんな言葉ももらいました。
本当にありがたかったです。
勇気をもらいました。
一方で、
今まさに関わっていた場所の人たちとは、
ほとんど連絡を取っていません。
気を遣ってくれているのかもしれません。
心配してくれているのかもしれません。
あるいは、
ぼくがいなくても、
仕事は普通に回っているのかもしれません。
それはわかりません。
でも、
今のぼくには、
まだ向き合う準備ができていないのだと思います。
感謝しているのに、まだ怖い
会社には感謝しています。
育ててもらいました。
良い上司にも、
良い仲間にも恵まれました。
また貢献したい気持ちもあります。
でも、
会社PCを開こうとすると、
まだ胸がざわつきます。
感謝しているのに、
怖い。
戻りたい気持ちもあるのに、
同じ場所には戻れない気もする。
申し訳なさもある。
悔しさもある。
怒りも少しある。
でも、安心感もある。
いろいろな感情が、
まだぐちゃぐちゃに混ざっています。
きれいには整理できていません。
でも、
それが今の正直な状態です。
壊れる直前の自分に言いたいこと
もし壊れる直前の自分に声をかけるなら、
こう言いたいです。
もっと早く頼っていい。
もっと早く助けてと言っていい。
全部ひとりで抱え込まなくていい。
会社に尽くすことと、
自分を壊すことは違う。
「できない」と言っても、
価値がなくなるわけではない。
どれだけ優秀な人でも、
合わない人とは合わないことがあります。
それは、
自分の価値がないという意味ではありません。
誰かにどう思われるかを、
気にしすぎないことも、
ときには必要だったのだと思います。
まだ、答えは出ていない
これから会社や仕事とどう向き合うのか。
正直、
まだはっきりした答えは出ていません。
戻りたい気持ちもあります。
でも、
前と同じ形にそのまま戻れるのかと言われると、
まだわかりません。
仕事そのものが嫌いになったわけではありません。
人の役に立つことも好きです。
会社の中で価値を出すことで、
社会に価値を出せることもあると思っています。
そこは、
今でも変わっていません。
ただ、
仕事を人生の全部にしてしまうと、
ぼくはまた同じところに戻ってしまう気がします。
本当は、
会社員としての自分と、
個人として活動する自分を、
どちらも大切にしたかったのだと思います。
会社で身につけた力が、
個人の活動にも生きる。
個人の活動で得た経験や考え方が、
会社の仕事にも生きる。
そんなふうに、
両方がつながる働き方をしたかったのだと思います。
でも、
気づいたら、
そのバランスが少しずつ崩れていました。
仕事に向かう時間が増えていく一方で、
自分を整える時間が減っていきました。
その働き方が、
今のぼくには合わなかったのかもしれません。
会社に育ててもらったことには、
心から感謝しています。
でも、
会社に飲み込まれるのではなく、
自分の人生の一部として、
仕事と向き合い直したいです。
ただ、
それをどう形にするのかは、
まだわかりません。
今はまだ、
その途中です。
感謝もあります。
怖さもあります。
申し訳なさもあります。
悔しさもあります。
それでも、
会社を悪者にしたいわけではありません。
ぼくは会社で苦しくなりました。
でも、
ぼくを育ててくれたのも会社でした。
その両方を抱えたまま、
もう少し時間をかけて、
自分の働き方や生き方を見つめ直していきたいと思います。




るっくんの葛藤が伝わってきます
るっくんのペースで、るっくんのやりたいことを探して形にしていけますように🍀*゜
いろんな葛藤が伝わってきて、強く共感です。