元気になってきたはずなのに、「復帰」の文字だけでざわついた
踊り場からの再起動 #12
先週、診断書を会社に送ろうとして、メールを書いていました。
診断書を添付して、送ること自体はできました。
でも、その先の一文で手が止まりました。
「復帰に向けて」
その言葉を書こうとした瞬間、
胸の奥がざわざわしました。
頭が少し固まって、
その先の文章が続きませんでした。
自分でも、驚きました。
最近のぼくは、
前より少し元気になってきた感覚があったからです。
毎日Substackを書けています。
AIと壁打ちしながら、次に何を書くかも考えられています。
外にも出られるし、
人と会って雑談することもできます。
食事も作れますし、
運動もできています。
少なくとも、休みに入ったばかりの頃よりは、
できることが増えてきました。
だからぼくは、
そろそろ大丈夫なのかもしれないと思っていました。
でも、
そこで少し引っかかりました。
元気になってきたことと、
戻れることは、
まだぼくの中では同じではなかったようです。
元気になってきたのに、そこだけは止まりました
今回、自分でも意外だったのは、
単純に「まだしんどい」という話ではなかったことです。
元気は、たしかに少し戻ってきています。
机に向かう時間も増えましたし、
文章を書く集中力も前より出てきました。
人と話すこともできます。
仕事と関係のない場なら、
そこまでざわざわしません。
それなのに、
「復帰」という仕事の文脈に触れた瞬間だけ、
身体が止まりました。
このズレが、
ぼくの中ではかなり大きかったです。
休めば自然に戻れる。
元気になれば、そのまま前に進める。
どこかでそんなふうに思っていたのですが、
現実はもっと複雑でした。
たぶん怖いのは、仕事そのものだけではありません
何がそんなに引っかかっているのか。
たぶんですが、
仕事内容そのものだけではない気がしています。
もう少し正確に言うと、
そこで起きていた人との関わりや、
空気の重さのほうが大きいのかもしれません。
これまでの仕事人生を振り返ると、
ぼくはかなり人に恵まれてきました。
だからこそ、
うまく噛み合わない関係のしんどさに、
思っていた以上に削られていたのだと思います。
また同じ場所に戻る。
また同じ空気の中に入る。
そう想像したときに、
心より先に身体が嫌がった感じがありました。
たぶんこれは、
「会社が嫌いです」という単純な話ではありません。
今のまま戻ったら、
また同じ形で崩れてしまうかもしれない。
その怖さのほうが、
今のぼくにはしっくりきます。
今の生活が、自分に合っている感覚もあります
もうひとつ大きいのは、
今の生活が思っていた以上に自分に合っていることです。
自分で時間を組み立てながら、
書いて、考えて、少しずつ形にしていく今の毎日は、
ぼくにとってかなりしっくりきています。
Substackを書くこと。
AIと壁打ちすること。
少しずつ仕組みを作ること。
そういう時間が、
思っていた以上に楽しいです。
だからこそ、
前の形にそのまま戻ることを想像すると、
余計にざわつくのかもしれません。
今の生活が完璧というわけではありません。
でも、自分に合うリズムを少しずつ取り戻している感覚はあります。
これは逃げなのかもしれない。
甘えなのかもしれない。
そう思う気持ちもあります。
でも同時に、
「今の自分には、こっちのほうが合っているのではないか」
という感覚も、たしかにあります。
それでも、完全に関係を切りたいわけではありません
ややこしいのは、
ぼくが完全に拒絶しているわけではないことです。
話してみたい気持ちはあります。
今どういう状況なのか、知りたい気持ちもあります。
自分がなぜこうなったのか。
どこで何が無理になっていたのか。
もし落ち着いて話せるなら、
共有したい気持ちもあります。
つまりぼくは、
戻りたくないと叫んでいるわけではありません。
でも、近づこうとするとざわつく。
その矛盾が、今のぼくなのだと思います。
戻りたい気持ちがゼロではないからこそ、
この感情は少しやっかいです。
実際、職場に戻る夢を見ます。
挨拶をしている夢を見ることもあります。
たぶん心のどこかでは、
まだ接続を切っていないのだと思います。
元気になることと、戻る準備が整うことは別でした
今回のことで、
ひとつはっきり見えたことがあります。
元気になることと、
社会に戻る準備が整うことは、
どうやら別だということです。
外に出られる。
書ける。
話せる。
少し笑える。
それだけで、
すぐに元の場所へ戻れるわけではありませんでした。
順調に回復しているように見える時期でも、
身体のほうが先に「まだそこは違う」と教えてくることがあります。
あのときメールを書く手が止まったことには、
ちゃんと意味があったのだと思います。
今の自分にとって、
見逃してはいけないサインだったのかもしれません。
もし戻るなら、前と同じ形ではだめなのだと思います
最近ぼくは、
ただ元に戻るという発想では足りないのではないかと思い始めています。
もし戻るとしても、
前と同じ考え方のまま、
前と同じ働き方のままでは、
また同じことを繰り返してしまう気がします。
だから必要なのは、
単なる再起動ではなく、
少し大きめのアップデートなのかもしれません。
前と同じ自分に戻るのではなく、
前と同じ壊れ方をしない形に、
自分を作り直していくこと。
その準備がまだできていないから、
身体が止まったのかもしれません。
そう考えると、
あのざわつきにも少し意味がある気がしてきます。
今は、答えより反応を見ていたいです
正直、
復帰するのか、しないのか。
いつどうするのか。
まだ答えは出ていません。
でも今は、
無理に結論を出すよりも、
「復帰」の二文字に止まった自分の反応を、
ちゃんと見ていたいです。
元気になってきたことは本当です。
でも、
戻れることとはまだ別でした。
今はまだ、
無理に前へ進むより、
立ち止まった自分の反応を見ていたいです。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
あなたにも、
「もう大丈夫なはずなのに、そこだけはまだ無理だった」
そんな感覚はありますか。
少し外には出られる。
少し話せる。
少し元気にもなってきた。
でも、ある場面だけはまだざわつく。
もしそんなことがあれば、
よければコメントで教えてください。




初めてコメントを残します。
私も同じような立場で、今まさにルクさんと同じような心境かなと思っています。焦る必要はないですが、心が元気になってから大事な決断をした方がいいのかなと思っています。
私も体調を崩したことありますが、無理せずゆっくりが一番だと思っています😊
同じ形で戻ろうとすると、負荷がかかってしまうので、違った形を考えるのが心にも身体にもいいのかなぁと思いました💡
くれぐれもご無理なさらず😊