発信を続けていたら、高知の農家さんに会うことができました
踊り場からの再起動 #41|発信を続けていると、読者は数字ではなく、会いに行ける人になる。高知で、そのことを実感した一日でした。
発信を続けていると、
読者が「数字」ではなくなる瞬間があります。
画面の向こうで読んでくれていた人が、
会いに行ける人になる。
昨日、ぼくはそのことを、
あらためて実感しました。
バイクで片道1時間ほど走って、
ひとりの人に会いに行ってきました。
Substackで知り合った、もおちゃんです。
高知に移り住み、
いまは田んぼをやりながら暮らしているそうです。
半年前のぼくは、
発信を続けた先に、
こんな一日が待っているとは想像していませんでした。
一人で黙々と記事を書いていたつもりでした。
でも、その向こうには読んでくれている人がいて、
少しずつ関係ができていました。
そして、その人に会いに行けるところまで来ていました。
今日は、
発信を続けたことで生まれた、
ひとつの出会いの話を書きます。
ひとつの記事が、会いに行ける関係をつくってくれました
もおちゃんと知り合ったのは、Substackです。
5月のはじめごろ、
ぼくはトライアスロンに出た話を記事に書きました。
もおちゃんも過去にトライアスロンをやっていたそうで、
コメントをくれたり、
ご自身でもトライアスロンの記事を書かれていたりして、
そこから少しずつ気になる存在になっていきました。
よくよく話を聞くと、
高知に移住して、いまは農業をやっているとのこと。
朝のライブ配信にもよく遊びに来てくださっていて、
「高知に行くならお会いできたら」
という話は、前からなんとなくしていました。
今回、高知でのセミナーに来られるようだったら、
と思っていたのですが、
そちらは都合が合わなかったので、
「では、どこかで会いましょう」
と、あらためて日を決めて会うことになりました。
ひとつの記事を書いたことがきっかけで、
コメントが生まれ、
少しずつ関係ができて、
実際に会うところまで来ました。
発信は、
投稿した瞬間だけで終わるものではないのだと思います。
初対面なのに、自己紹介から始めなくてよかった
会った瞬間、
ぼくは少しほっとしていました。
オンラインで感じていた優しさが、
実際に会うと、もっとよく分かったからです。
アイコンから伝わっていたとおり、
いや、想像していたよりもっとぐっと優しい人だな、
と感じるくらいでした。
そしてありがたかったのは、
すでにある程度こちらのことを知ってくれているので、
自己紹介や前提の説明から始まらないことです。
「あれはこういうことですよね」
と、いきなり深いところから話せる。
むしろ、オンラインでは聞けなかったことを、
その場でお互いに深掘りしていける。
やっぱり発信を続けていてよかったな、
と静かに思いました。
画面の向こうには、その人の暮らしがありました
もおちゃんが暮らしているのは、
仁淀川のほとりの町です。
家の目の前を、その川が流れていました。
水の色が、ブルーグリーンというか、
ぼくの好きな、緑がかった青で。
朝起きて窓を開けたら、
この景色がある暮らし。
正直、いいなあ、と思いました。
住まいは、築100年の家を借りて、
好きに手を入れていいと言われたそうで、
自分で直したり、大工さんにお願いしたりして、
手作り感のある、とても素敵なお家でした。
台所には、らっきょうや漬物が並んでいて。
ぼくも家でらっきょうを漬けたり、
梅干しを作ったりするので、
その話でもずいぶん盛り上がりました。
そのあと、もおちゃんが世話をしている田んぼにも連れて行ってもらいました。
だんだんに連なる棚田の景色が、
これもまた素晴らしくて。
一度で覚えられるはずもないのに、
育てる大変さや、雑草の見分け方まで、
いろいろ教えてくれました。
こんなに丁寧に土と向き合って暮らしている人がいるんだ、
ということが、強く伝わってきました。
画面の向こうには、
その人の、たしかな暮らしがありました。
制作を止めてでも、会いに行きたいと思いました
今回ぼくが高知に来た目的は、
ひとつはAI合宿として、しっかり作ること。
でもそれと同じくらい、
「普段は会えない人に会う」
ということを、はじめから主題に置いていました。
だから昨日も、
その日にやろうと思っていた制作よりも優先度を上げて、
会いに行きました。
前回の記事で、
「人に会うことでしか動かないものがあるなら、
それを確かめてきたい」
と書きました。
昨日のことは、
その願いを、自分から取りに行った一日だったと思います。
(前回記事:今日から四国へ行ってきます
https://rukupractice.substack.com/p/619
発信していなければ、一生会わなかった人でした
発信を続けていても、
すぐに何かが変わるわけではありません。
記事を書いても、
反応がほとんどない日もあります。
誰が読んでいるのか分からず、
これを続ける意味があるのかと、
思うこともあります。
でも、画面の向こうには、
ちゃんと人がいます。
その人がコメントをくれたり、
何度も読みに来てくれたりして、
少しずつ関係ができていきます。
そしていつか、
会いに行きたい人になることがあります。
発信をしていなかったら、
ぼくはもおちゃんに会うことはなかったと思います。
仁淀川の色を見ることも、
あの家の台所でらっきょうの話をすることも、
棚田を歩くこともありませんでした。
一人で書いていたはずの発信が、
いつのまにか、
誰かに会いに行くための道になっていました。
だから、いま書く意味を見失いかけている人がいたら、
もう少しだけ続けてみてほしいです。
今日の記事が、
すぐに大きな反応を生まなくても構いません。
その記事を読んだ誰かと、
半年後に会っているかもしれません。
最近、
続けていてよかった、
と思えたことはありますか。
発信でも、趣味でも、
小さな習慣でも構いません。
よかったら、返信で教えてください。






ルクさん、来てくださって、
ほんまにありがとう✨✨
お会いできて、幸せでしたぁ✨✨
またお会いしましょうね✨✨💕
発信していたから、見付けられた出逢い。
そして、リアルでもお会いできたこと。
何と素晴らしい。
これ、発信する意味の有力な要素ですね!
リアルに持って行ったこと、行けたこと。
本当にナイストライ!
僕も、ルクさんにリアルで会いたいです-!