最近、惹かれるものも変わってきているのかもしれません
踊り場からの再起動 #13
最近、立て続けに美術館へ行っています。
4月下旬にウジェーヌ・ブーダン展を見て、
5月上旬にクロード・モネを見て、
今週はアンドリュー・ワイエスを見てきました。
少し前のぼくなら、
ここまで続けて足を運んでいなかったかもしれません。
今のぼくが美術館へ向かっているのは、
教養を増やしたいからでも、
趣味を広げたいからでもなさそうです。
絵の前に立っている時間だけは、
頭の中のノイズが少し静かになるからです。
今のぼくは、
にぎやかなものより、
静かなものの前に立ちたくなっています。
もともと、美術館はあとから好きになりました
昔から絵が好きだったわけではありません。
自分の時間が少しできた頃に、
試しに行ってみたのが始まりでした。
最初は知識もなく、
ただ眺めていただけです。
でも、
なんでこの景色を描いたのだろう。
なんでこの色だったのだろう。
そんなことを考えながら見ている時間が、
思っていた以上に好きでした。
去年のぼくには、立ち止まる余裕がありませんでした
振り返ると、
去年は美術館にほとんど行けませんでした。
忙しかったから、
というだけではなかった気がします。
見る余裕がなかったのだと思います。
外に出る余裕。
何かを受け取る余裕。
目の前のものの前で、
しばらく立ち止まる余裕。
そういうものが、
去年のぼくには足りませんでした。
だから今、
また美術館へ行けるようになっていること自体に、
少し意味を感じています。
ちゃんと立ち止まれたこと。
目の前のものを見ていられたこと。
それ自体が、
ぼくにとっては小さな回復なのかもしれません。
ワイエスの絵の前で、ぼくはしばらく黙っていました
先日見たワイエスの絵は、
とにかく静かでした。
遠くから見ると写実的なのに、
近くで見ると、
ただ上手いというだけではなく、
本当に丁寧に残そうとしていたことが伝わってきました。
古い壁のざらつきや、
窓の向こうの冷たい光や、
草の色のかすかな揺れまで、
ちゃんと置いていこうとしている感じがありました。
特に印象に残ったのは、
人を描くときのまなざしです。
本人を説明するというより、
その人が過ごしてきた空気まで残そうとしている。
人がいない絵なのに、
その人の気配だけが濃く残っているような作品もありました。
ぼくは詳しいことは何も知らないのに、
しばらく黙って見ていました。
説明より先に、
受け取っていたものがあったのだと思います。
静かな絵は、頭の中のノイズを減らしてくれます
美術館へ行くと、
仕事のことや先のことや、
頭の中でぐるぐるしがちなことが少し静かになります。
何も考えていないわけではありません。
でも、
考えていることが違います。
なんでこれを描いたのだろう。
この人は何を残したかったのだろう。
そういうことだけを、
目の前の絵に集中しながら考えていられます。
それが、
今のぼくにはすごくありがたいです。
静かな絵を見ている時間は、
ぼくの頭の中にも静かな時間を作ってくれます。
それは、書くことや作ることにも少し似ています
誰かが時間をかけて残したものに触れると、
ぼくもまた何かを作りたくなります。
Substackを書くこともそうです。
AIと壁打ちしながら、
少しずつ考えを形にしていくこともそうです。
目の前のものに集中して、
少しずつ作る。
その行為が、
今のぼくを支えてくれています。
美術館で絵を見ている時間も、
どこかそれに似ています。
ただ眺めて終わるのではなく、
誰かの熱や信念や、
長い時間をかけて残されたものに触れている。
すると、
ぼくの中でも少し火がつきます。
派手ではありません。
でも、
今日も少し書いてみたい。
自分もまた何かを作ってみたい。
そういう小さな気持ちは、
たしかに戻ってきます。
家にポストカードを飾りたくなるのも、
きっと同じです。
自分の中に残った静けさを、
家にも少し置いておきたいのだと思います。
回復すると、惹かれるものも少し変わるのかもしれません
ぼくは、
にぎやかなものが嫌いになったわけではありません。
でも、
選べるなら静かなほうへ行きたくなることが増えました。
静かな場所で、
静かなものの前に立つ。
そうすると、
自分を少し大事にできる感じがあります。
回復してきたから、
静かなものを見られるのか。
静かなものが、
回復を助けてくれているのか。
たぶん、
その両方なのだと思います。
最近は、
夜光虫を見に行ったり、
屋久島に行きたくなったりもしています。
静かなものの前に立ちたい気持ちは、
たぶん全部つながっています。
回復というと、
前みたいに動けるようになることを想像しがちです。
でも今のぼくは、
少し違う変化も感じています。
何に惹かれるかが、
前とは少し変わってきました。
派手なものより、静かなもの。
強い刺激より、長く見ていられるもの。
そういうものの前で立ち止まれるようになってきたことも、
ぼくにとっては回復のひとつなのだと思います。
前の自分に戻る、
というよりも、
今の自分に合うものが少しずつ見えてきた。
そのほうが、
今の感覚には近いです。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
あなたには最近、
前より長く立ち止まれるようになったものはありますか。
散歩でも、
本でも、
音楽でも、
絵でも大丈夫です。
もしあれば、
よければコメントで教えてください。





美術館最近行けてないな…
上野で2年前に実施された岡本太郎展以来行ってないですね😅
美術館には、派手で強い刺激を受ける作品もあります。
一方で、「収蔵展」や「コレクション展」のような常設展示には、どちらかといえば地味な作品も多いです。
ですが、そうした作品にも作者の想いはしっかり込められていて、その時の自分の心の状態と重なった瞬間、見た目の派手さでは比べられないような「何か」を感じることがあります。
震えたり、涙が出たり。そんな体験が、ほんの少しだけ背中を押してくれる気がしますね。