回復とは、元に戻ることではないのかもしれません
踊り場からの再起動 #42|「戻れるか」ではなく「続けられるか」。復帰の話が動き始めて、回復の意味が少し変わりました。
休職中は、「会社に戻れるか」が
一番の不安だと思っていました。
でも実際に復帰が近づくと、
気になったのは別のことでした。
戻ったあと、続けられるだろうか。
最近のぼくは、その問いばかり考えています。
復帰の話が少しずつ動き始めて、
初めて見えてきた景色でした。
休職中の人、復帰が怖い人、
元の働き方に少し違和感がある人へ。
今日は、その感覚について書きます。
でも最近、少しだけ景色が変わりました。
復帰の話が、会社との調整も含めて
少しずつ動き始めたからです。
主治医とも話し、
会社側の健康管理の窓口とも話し、
戻り方を考える段階に
入ってきました。
まだ確定ではありません。
けれど、ああもう「治るかどうか」
だけではなくなったんだな、と思いました。
最初に湧いたのは、うれしさより寂しさでした
復帰の話が前に進んだこと自体は、
もちろんほっとしました。
でも、最初に出てきた感情は
「やった」ではありませんでした。
この生活も、そろそろ終わるのかもしれない。
そんな寂しさのほうが強かったです。
いまの生活は、正直かなり楽しいです。
一日中AIと向き合って、
自分のペースで仕事や作業を進める。
それができると、
こんなに体が楽なんだと感じています。
だからこそ、
これをそのまま続けられたらいいのに、
とも思ってしまう。
ただ、現実にはそういうわけにもいかない。
生活費を稼ぐことは必要です。
だから今は、
いまの生活を土日の楽しみに残しながら、
まずは日々を回すための仕事に戻る。
その順番で考えています。
ここで大事なのは、いまの生活を
「逃げ場」だと思っていないことです。
AIと向き合いながら、
自分のペースで作る時間は、
ぼくにとって
ちゃんと回復の一部でした。
だからこそ、戻る準備をしながらも、
この時間に助けられてきた事実は消したくない。
休んでいたあいだに積み上がったものは、
ただの寄り道ではなかったと思っています。
怖いのは、またしんどくなることです
復帰の話が動き始めたことで、
怖さもはっきりしました。
いちばん怖いのは、
またあのしんどさに戻ることです。
それと、特定の人に会うことへの
怖さもあります。
孤立するのも怖い。
一人で決め続けて、
相談できなくなっていくのも怖い。
休み始めたころは、
とにかく自分を立て直すことで
精一杯でした。
でも今はそこから一歩進んで、
「戻るなら、どう続けるか」を考えています。
そこに入ってきたのが、睡眠と運動と、
仕事の配分でした。
夜はちゃんと寝る。
朝は起きる。
運動はやりすぎない。
夕飯も重くしすぎない。
そんな当たり前のことが、
いまのぼくにはいちばん大事です。
2時間昼寝してしまう日があっても、
それだけで全部を失敗とは思わない。
大事なのは、
翌日また朝に戻れることなんだと
思うようになりました。
実際、ある日は
「30分だけ休もう」と横になって、
そのまま2時間眠ってしまいました。
その瞬間は少し焦りました。
でも翌朝、ちゃんと戻れた。
それだけで、
以前より少しだけ強くなれた気がしました。
前は、少し崩れると、
その日の全部が崩れたように
感じることがありました。
でも今は、睡眠が足りない日も、
運動が重かった日も、
あとから整え直せばいいと思える。
その感覚の変化は小さいようでいて、
ぼくにはかなり大きいです。
戻るために必要なのは、
完璧にこなすことではなく、
崩れたあとに
また戻ることなのかもしれません。
頑張ろうとしなくても続いていたものがありました
この半年で、
気合いを入れなくても
続いていたものがいくつかあります。
毎日の日記。
5月から続くSubstack。
朝の散歩。
筋トレ。
自炊。
それから、
気づけば長い時間
パソコンの前に座っていても
大丈夫になっていたこと。
特に大きかったのは、
5月にSubstackとAIを
ちゃんと回し始めてからです。
そこから、
日中に集中して何かを作る感覚が
戻ってきました。
コーチ合宿や、その時期に出したものも、
ぼくの中ではかなり大きかったです。
自分の中で止まっていた時間が、
少しだけ前へ動いた感じがありました。
この半年の発信やものづくりは、
復帰の準備だったのか。
ぼくは、両方だと思っています。
準備でもあったし、それだけではない。
休んでいる時間を
空白にしなかったものでもありました。
AIにかなり助けられたし、
コミュニティにも本当に助けられました。
毎日AIと対話しながら文章を書き、
何かを作る時間があったから、
仕事から完全に切り離された感覚に
ならずに済みました。
何より大きかったのは、
ぼく一人で閉じずに済んだことです。
人に見せる。
反応をもらう。
また少し直す。
その往復があったから、
孤立のほうへ沈み切らずに
済んだ気がします。
戻る話が動き始めた今も、
その支え方はたぶん変わりません。
「戻る」は、元の場所に戻ることだけではないのかもしれません
会社に戻るというのは、
昔と同じ場所に
そのまま帰ることではないはずです。
生活を回すために働き直すこと。
そのうえで、
個人で続けてきたことも
できるだけ手放さないこと。
いまのぼくにとっての「戻る」は、
そんな意味に近いです。
会社員としての役割に戻る。
でも、個人活動で育てた感覚も持っていく。
その両方をやりたい。
まだ揺れています。
戻れるのか、続けられるのか、
怖さは完全には消えていません。
それでも、問いが変わったのは確かです。
どう治すか。
ではなく、戻ったあと、どう続けるか。
その問いが出てきたこと自体が、
ぼくにとっては一つの回復なのかもしれません。
昔のぼくは、「元に戻ること」が
回復だと思っていました。
今は少し違います。
今の自分で続けられる働き方を作ること。
それが、いま考える回復なのだと思っています。
いまの自分で働き直して、生活を回して、
個人で育てたものも持っていくこと。
その両方をやりながら続けること。
ぼくはようやく、
その言葉を自分のものとして
考えられるところまで来た気がします。
もしあなたにも、
戻ることや働き方を
見直した経験があれば、
よければ返信で
そのときの景色を教えてください。
ひとりでは見えないところを、
少しずつ共有できたらうれしいです。




ルクさん、今回もわかりみMax ∞ です。
実は、ぼくも丁度復職の話が動き始めたところです。
(11〜12月頃なのかな...)
だから「治るかどうか、だけではなくなった」の一文で、思わず手が止まりました。
「うれしさより寂しさ」も痛いほど分かります。
ぼくもAIと向き合いながら自分のペースで作る毎日が楽しくて、楽しくて、楽し過ぎて、、、
この時間はちゃんと回復の一部だったと感じています。
そしてぼくにとっての「戻る」も、元の場所にそのまま帰ることではなくて。
復職の話を進めながらも、AI活用での他の生き方も並行して育て始めてます。
「今の自分で続けられる働き方を作る」
——ルクさんのこの言葉が、そのまま自分の答えでもありました。
問いが変わったこと自体が、ひとつの回復。
本当にそう思います。
お互い復帰の話が動き始めた今のうちに、一度ゆっくりお話しできたら有難いです。
ルクさん
まさしく再起ですね🥹
私も3年前、適応障害になり会社を1年間休業しました。その時の苦しみや自責の念、さまざまありましたがそのおかげで今があります。結局私は会社に戻れずでした。ルクさん応援しています🍀