AI時代、人間の仕事は「違和感」を見つけることなのかもしれません
再起動ラボ #21|ゲームもアプリもAIでかなり早く形になります。でも最後に残るのは、触って気持ちいいか、違和感がないかを見続ける人間の仕事なのかもしれないと思いました。
昨日、あらためて思いました。
AIはもう、かなり作れます。
ゲームも、
アプリも、
想像していたよりずっと早く形になります。
でも、
そこから先が長いです。
むしろ、
そこから先にこそ、
いま人間がやる仕事が残っているのかもしれません。
8割はかなり早いです。でも最後の2割に時間がかかります
昨日も、
事務所でひたすらAIにゲームやアプリを作ってもらっていました。
パズルゲームも、
すごろくも、
もう動きます。
遊べますし、
形にもなっています。
ここは本当にすごいです。
でも、
昨日のぼくはそこで終われませんでした。
背景の上にボタンがそのまま乗っていて、
少し見づらい。
ボタン同士の隙間も、
なんとなく気持ち悪い。
押したときの動きも、
ただ反応するだけで、
まだ触っていて気持ちよくない。
そこで、
押すと少し跳ねるような動きを入れてもらったり、
配置や余白を見直したりしていました。
ほんの小さい修正です。
でも、
そういう小さいところのほうが、
最後はずっと気になります。
ゲームそのものは、
かなり早い段階でできていました。
でもそこから、
どれだけ気持ちよく遊べるかを詰めていく。
そこに、
昨日の時間の大半が吸われていきました。
8割まではかなり早いです。
でも、
残りの2割に時間がかかる。
昨日はその感覚を、
かなりはっきり実感しました。
人間の仕事は、「なんか違う」を見つけることなのかもしれません
昨日いちばん強く思ったのは、
やはり違和感を見つけるところは、
まだかなり人間の仕事なのだろうということです。
AIは、
かなりのところまで作ってくれます。
しかも、
その8割の品質はどんどん上がっています。
ここは本当にすごいです。
でもその先の、
「なんか惜しい」
「なんか落ち着かない」
「ここを直すと一段よくなる」
を見つけて、
しつこく直していくところは、
まだ人間の役割が大きい気がしました。
声もそうです。
無料で声をつけられる時代になってきたからこそ、
今度はその発音が自然か、
違和感がないか、
人間がチェックする仕事が残ります。
作業者というより、
テスターです。
命令する人というより、
最後の違和感を見切る人です。
AI時代に人間がやる仕事は何か。
昨日のぼくの答えは、
かなり素朴です。
たぶん人間は、
「最後の違和感を見つける係」なのだと思います。
高知に来たから、自分の基準値を上げやすくなりました
ただ、
この気づきはAIだけを見ていて出てきたわけではありません。
高知で、
人に見てもらえる環境にいることが大きいです。
自分ひとりで作っていると、
どうしても早めに
「これでいいか」
となりやすいです。
どこまでをゴールにするかを、
少し低く置いてしまいやすいのです。
でも今は、
近くに基準の高い人たちがいます。
見せると、
もっとこうしたほうがいいです、
ここはまだ詰められます、
という反応が返ってきます。
もちろん、
見せるのは少し緊張します。
でもその緊張より、
返ってくるものの大きさのほうがずっと大きいです。
自分がよいと思っていたものに対して、
もっとこうできると言ってもらえる。
そのたびに、
ああ、なるほどな、
と基準が少し上がります。
その場でアイデアをもらって、
すぐAIに投げて、
また試す。
この往復があるから、
自宅でひとりで作っていたときより、
ずっと速く自分の基準値を上げられている感じがあります。
高知に来てよかったと感じるのは、
たぶんこういうところです。
単に楽しいからではなく、
自分ひとりでは気づけない甘さに、
気づかせてもらえるからです。
AIが強くなるほど、最後まで付き合える人が残るのかもしれません
もうひとつ、
昨日のぼくは少し怖くもなりました。
AIでやれることが、
本当に増えているからです。
ここまで作れるなら、
では人間は何で勝負するのか。
昨日のぼくは、
その問いをかなり現場感のある形で考えていました。
8割で満足しても、
たぶん形にはなります。
でも、
そこで終わらずに
「まだ違う」
と付き合い続けられるかどうかで、
かなり差が出る気がしました。
昨日も、
ぼくが気になっていたのは、
大きな機能追加ではありません。
ボタンの余白や、
押したときの跳ね方や、
触っていて引っかからない感じでした。
たぶん、
最初の数時間より、
そういう小さい違和感を潰していた時間のほうが、
作品にとっては価値が大きかったです。
人と比べて落ち込む、
という話ではありません。
上ばかり見てもきりがないし、
下ばかり見てもきりがないです。
やはり見るべきなのは、
昨日の自分より少しでも基準が上がったかどうかです。
昨日より、
少し厳しく見られるようになったか。
昨日より、
少し気持ちよさにこだわれるようになったか。
その積み重ねが、
たぶんいちばん大事なのだと思います。
この感覚は、いまのぼくにとって復帰の練習にもなっています
この話は、
単なるAI論で終わりませんでした。
いまのぼくにとっては、
回復や復帰の感覚にもつながっています。
人と同じ場所にいて、
フィードバックをもらう。
その場で考えて、
また手を入れる。
こういうやりとりをしながら働くのは、
やはりありがたいです。
ああ、
人と働くというのはこういうことだったな、
と感じる瞬間があります。
それはそのまま、
組織に属する意味にもつながるのだと思います。
一方で、
AIをこんなに回せる時代に、
会社という仕組みにどこまで魅力を感じるのか、
という揺れもあります。
そこは正直、
まだ答えが出ていません。
でも、
答えが出ていないこと自体より、
昨日のぼくにはうれしかったことがあります。
それは、
もう一回直そうと思えていることです。
もう少しよくしたい。
ここはまだ甘い気がする。
だったら、
もう一回見てもらって、
もう一回直したい。
そう思えている自分が、
いまのぼくにはかなりうれしいのです。
作ることそのものより、
磨き続けられることが戻ってきた感じがあります。
AIで何でも作れる時代だからこそ、
人間の「ここは気になる」を雑にしないこと。
そして、
今の自分ができる最大限で、
どこまでこだわれるかを考え続けること。
いまのぼくは、
そのあたりに人間の仕事が残るのではないかと思っています。
最後に人間が見る3つのこと
昨日のぼくが見ていた基準は、
たぶんこの3つです。
・動くか
・違和感がないか
・触っていて気持ちいいか
AIに作ってもらう時代だからこそ、
「なんか違う」を言い続けられる人でいたいと思います。
最近、
「ここだけはAIに任せたくない」
と思ったことはありますか。
もしあれば、
返信で教えてください。




AIのお仕事
A:あーそれだと
I:いかんのじゃ!
>AIをこんなに回せる時代に、
会社という仕組みにどこまで魅力を感じるのか、
という揺れもあります。
そこは正直、
まだ答えが出ていません。
オラも同じ考えがあったけど、自力で稼ぐ力がないから結局のところは会社に戻らざるを得なかった・・・(´・ω・`)
安定という会社・企業人間に戻るか?自力で稼ぐ荒業に挑戦するか?
どちらに行くにしても、後悔だけはしないでねぇ!(その道?の先駆者は語る😇
AIは最短で最も効率の良い形にしてくれますが、無駄なことはやりません。
人間は敢えて無駄なことをやりますが、その2割の無駄なことが人によって幅があるんだと思います。そして、その2割の無駄なことに本当の意味での「無駄」はないと思います。