屋久島のあとに桜島へ行ったら、景色の見え方が変わっていました
踊り場からの再起動 #20
今日は鹿児島に戻って、
フェリーから桜島を見ました。
素直に、
「おお、山だ」
「火山だ」
という気持ちにはなりました。
でもそのあと、
鹿児島の街が見えてきたときに、
ぼくの中で別の感覚が立ち上がりました。
ああ、都会だな。
桜島に感動しなかったというより、
ぼくの比較対象が、
すっかり変わっていたんだと思います。
鹿児島が、思ったより都会に見えました
普通に考えると、
鹿児島は自然が豊かな場所です。
桜島もありますし、
海も近いですし、
東京と比べれば十分にのびやかです。
実際、
もし予定通り
「東京→鹿児島→屋久島」
の順番で来ていたら、
ぼくはかなり感動していたと思います。
地方の空気だなぁとか、
自然が近いなぁとか、
そういうことを素直に受け取っていたはずです。
でも今回は、
順番が逆でした。
台風の影響で予定が変わって、
ぼくは先に屋久島へ行きました。
そのあとで鹿児島に戻ったら、
桜島も鹿児島の街も、
屋久島よりは人工物が多い側に見えたんです。
道路はきれいに整備されていますし、
コンビニもあります。
フェリーも頻繁に走っていますし、
街にはビルも見えました。
もちろんそれは悪いことではありません。
ぼく自身、空港に着いて最初にやったのはマッサージの予約でした。
文明にかなり助けられています。
昨日のトレッキングの疲れも、かなりほぐれました。
それでも今日は、
屋久島を見たあとだからこそ、
比較する基準がすっかり変わっていたんだと思います。
屋久島では、
正直、ジャングルみたいだなと思う瞬間もありました。
緑の量も、
森の密度も、
時間の流れも、
空気の濃さも違いました。
だから今日の桜島も、
東京から見れば十分すごいのに、
屋久島のあとでは少し違って見えたんです。
比較する相手が変わると、
世界の見え方も変わるんですね。
今日はそのことを、
景色でかなりはっきり感じました。
このあと東京に戻るのが、少しだけ怖いです
その一方で、
少し怖い気持ちもあります。
このあと東京に戻ったら、
ぼくがいつも癒やされていた近所の自然公園も、
「屋久島に比べたらなぁ」
と見えてしまうのではないか。
そんなふうに思ったらどうしよう、
という不安があります。
今までは、
都会と自然のちょうどあいだくらいの場所に住めている感覚があって、
それが結構好きでした。
少し走れば自然公園がありますし、
季節によっては蛍も見られます。
そういう場所に、
ぼくはちゃんと癒やされてきました。
でも、
屋久島を見たあとでも、
同じように受け取れるのか。
そこは正直、
まだ自信がありません。
でも、
よく考えると少し違う気もしています。
屋久島と同じ景色を東京に求める必要は、
ないのかもしれません。
ぼくが癒やされていたのは、
屋久島そのものではなく、
立ち止まって景色を見る時間や、
呼吸を整える感覚だったのかもしれません。
持ち帰りたいのは、呼吸と積み重ねです
でも、
屋久島で受け取ったものは、
景色の迫力だけではなかった気もしています。
呼吸が大事だということ。
何事も積み重ねが大事だということ。
コツコツ続けてきたものは、
ちゃんと身体にも自分の中にも残るということ。
そのあたりは、
東京に戻っても持ち帰りたいですし、
むしろそこで試されるのだと思います。
今のぼくは、
自然に癒やされたい気持ちもあります。
でも同時に、
都会の便利さにもかなり助けられています。
その両方を受け取りながら、
無理のない形でコツコツ続けていく。
たぶん今の再起動に必要なのは、
そういうことなのかもしれません。
今日の話は、
まだ総括ではありません。
屋久島で受け取ったものが本物だったかどうかは、
たぶん東京に戻ってからわかるのだと思います。
近所の自然公園を見たときに、
ぼくは何を感じるのか。
都会の速さの中で、
呼吸を忘れずにいられるのか。
そして、
またコツコツ続けていけるのか。
その答えは、
たぶん明日から始まります。
もし最近、
「比較する相手が変わったことで、
同じものなのに違って見えた」
そんな経験があれば、ぜひ教えてください。
景色でも、
仕事でも、
人間関係でも大丈夫です。




忙しい毎日の中でも、自然を感じる時間大切にしたいですね!