会社で壊れかけた。でも、ぼくを育ててくれたのも会社でした。
踊り場からの再起動 #6
会社を休んでいるぼくが、
一度ちゃんと書いておきたいことがあります。
会社だけが悪かったわけではありません。
むしろ、
ぼくを育ててくれたのも会社でした。
ここまで、
会社を休んだこと。
仕事に行くのが怖くなったこと。
会社との接続が今は切れていること。
そんな話を書いてきました。
だから、
もしかすると、
会社を悪者にしているように見えたかもしれません。
でも、
ぼくの中では少し違います。
会社で苦しくなったのは事実です。
でも、
会社に育ててもらったのも、同じくらい事実です。
今日は、
その「育ててもらったほう」の話を書いておきたいと思います。
入社したばかりのぼくは、本当にポンコツだった
会社に入ったばかりのぼくは、
本当にポンコツでした。
今思い返しても、
よくあの状態からここまで来られたなと思います。
たとえば、
Excelで合計を出すだけの仕事がありました。
本当は1億円の予算だったはずなのに、
計算を間違えて、2億円にしてしまったことがあります。
しかも、
それをそのまま提出してしまいました。
会議の進行も、
まったくうまくできませんでした。
段取りはぐちゃぐちゃ。
締め切りも守れない。
やりたくない仕事は、
なかなか手をつけない。
今の自分から見ても、
なかなかひどい新入社員だったと思います。
当時、ぼくの育成を担当してくれていたチューターの方は、
本当に大変だったと思います。
ぼくのことが夢に出てくるくらい、
悩ませてしまっていたそうです。
それくらい、
ぼくは何もできませんでした。
でも、
そんなぼくを、会社は見捨てませんでした。
叱られながら、
呆れられながら、
それでも少しずつ仕事を教えてもらいました。
社会人としての基礎を、
会社で身につけさせてもらいました。
まず、ここは忘れてはいけないと思っています。
会社には、育ててくれた人たちがいた
会社で育ててもらった人は、
本当にたくさんいます。
新入社員時代のチューターの方。
兄貴分のように接してくれた係長。
当時の課長。
その後の上司や同僚。
数えればきりがありません。
その中でも、
特に大きかった人が二人います。
一人は、若手ではなくなってきた頃の上司です。
その方は、
裏表がなく、紳士で、決断が早い人でした。
相談すると、
すぐに方向性を示してくれる。
でも、
やるべきことをやっていないときは、
親しい相手にもきちんと叱る。
飲むのも好きで、
馬鹿なことも好きで、
でも仕事では本当に信頼できる。
今でも尊敬している上司です。
ぼくはその後、
初めて管理職になりました。
そのとき、
何を真似したかというと、
その上司のマネジメントスタイルでした。
その人の真似をするだけで、
長い期間やってこられた感覚があります。
それくらい、
ぼくにとって大きな存在でした。
もう一人は、
大きな役割を任されていた頃の上司です。
新しいことが好きで、
外を見る力があって、
変化を起こすことに強い人でした。
癖も強かったです。
意見がぶつかることもありました。
何度も喧嘩しました。
でも、
それでもぼくを立ててくれて、
可愛がってくれて、
たくさんのことを教えてくれました。
特に教わったのは、
内向きにならず、外を見ることです。
大きな組織の中にいると、
どうしても内側の論理に飲み込まれます。
でも、
お客さんは外にいる。
市場も外にある。
社会も外にある。
その感覚を、
その人から学ばせてもらいました。
こうして振り返ると、
ぼくは会社の中で、
本当に人に恵まれてきたのだと思います。
やりたくなかった仕事が、あとから自分を助けてくれた
会社で身についた力も、
たくさんあります。
資料を作る力。
調整する力。
プロジェクトを進める力。
人に任せる力。
最後までやり切る力。
管理職としての考え方。
でも、
今振り返って特に大きかったのは、
自分では選ばなかった仕事から得た力です。
新入社員の頃、
ぼくは予算管理のような仕事をしていました。
正直、当時はあまりやりたい仕事ではありませんでした。
サービスを作りたいと思っていたのに、
予算管理やセキュリティ管理のような仕事を任される。
当時のぼくは、
「なんでこんな仕事をしているんだろう」
と思っていました。
しかも、
その仕事すらまともにできていませんでした。
でも、
そこで事業計画の作り方や、
ビジネスモデルの見方を学びました。
人と向き合う仕事をしていた時期もそうです。
ぼくは、
その仕事を最初から望んでいたわけではありません。
むしろ、
「なんで自分がこの仕事をしているんだろう」
と思っていました。
でも、
そこで多くの人と話す機会をもらいました。
相手の話を聞く。
本音を引き出す。
その人が何を考えているのかを見ようとする。
そこで、
人を見る力や、
話を引き出す力を鍛えてもらいました。
そして後から、
それが責任ある立場で仕事を進めるときに大きく生きました。
責任ある立場で仕事を進めるときに必要なのは、
クリエイティビティやビジネスモデル構築力だけではありませんでした。
人を見る力。
人を動かす力。
数字を見る力。
計画を作る力。
その全部が必要でした。
自分では選ばなかった仕事が、
あとから自分を助けてくれました。
会社にいなければ、
自分から取りに行かなかったスキルです。
そう考えると、
本当に無駄なことはなかったのだと思います。
楽しかった時間も、確かにあった
もちろん、
会社には楽しかった時間もありました。
仕事そのものが希望の仕事でない時もありました。
でも、
チームは本当に良かったです。
上司も同僚も含めて、
いろいろな困難に一緒に立ち向かいました。
イベントもありました。
神経を使うことも多かったです。
つらいこともありました。
でも、
今振り返ると、
日々が文化祭のようだった気もします。
大変だけれど、
充実していました。
大きな役割を任されていた時期もそうです。
仲間に恵まれていました。
職種や役割の違うメンバーが、
同じチームにいました。
普通なら、
立場が違うからこそ、
ぶつかることも多いと思います。
でも、
そのチームは違いました。
お客さんの声を持ち寄る人がいる。
それを形にしようとする人がいる。
仕組みとして実現しようとする人がいる。
それぞれの役割で、
同じ方向を向いていました。
トラブルは多かったです。
一つ一つ課題を解決して、
新しいサービスを出していく時間は、
本当に充実していました。
今のポジションでも、
充実していたことはありました。
ある案件で、
かなりハードな問題が起きたことがあります。
簡単ではありませんでした。
でも、
なんとか最後までやり切りました。
そのとき、
部下が言ってくれました。
「あなたがいなかったら、これは耐えられなかった」
「この問題は解決できなかった」
その言葉は、
本当にうれしかったです。
仕事をしていてよかったと思える瞬間でした。
だから、
仕事そのものが嫌いになったわけではありません。
会社で過ごした時間を、
全部否定したいわけでもありません。
むしろ、
良い時間はたくさんありました。
20年を、なかったことにはしたくない
もし20代の自分に声をかけるなら、
こう言いたいです。
その会社に入った選択は、
間違っていなかったよ。
20年、
楽しく仕事をする機会をもらえます。
人にも恵まれます。
仕事にも恵まれます。
大変なこともあるけれど、
本当に良い経験ができます。
その選択は、
間違っていません。
管理職になった頃の自分にも、
同じように言いたいです。
あそこで頑張ったことは、
間違っていなかったよ。
事業を伸ばすことができた。
仲間と一緒に、
社会に役立つ仕事ができた。
あの時間は、
今でもかけがえのない経験です。
もちろん、
今のぼくは会社を休んでいます。
苦しくなったことも事実です。
でも、
だからといって、
会社で過ごした20年を全部なかったことにはしたくありません。
ぼくは会社に育ててもらいました。
ポンコツだったぼくを、
少しずつ社会人にしてもらいました。
人に恵まれ、
仕事に恵まれ、
たくさんの経験をさせてもらいました。
だから、
会社を悪者にしたいわけではありません。
この20年は、
間違いなくぼくの土台になっています。
まずは、
そこをちゃんと書いておきたかったのです。
ただ、
話はここできれいには終わりません。
会社に感謝している。
20年を否定したいわけではない。
それでも、
ぼくは少しずつ苦しくなっていきました。
次は、
その話を書こうと思います。




凄く充実した20年だったんですねー❗️これだけ充実した時間を過ごせた人ならこれからもきっとなんとかなります。
20年はあっという間のようで、すごい貴重な経験ですね。
積み上がった経験は、財産だと思います。