トライアスロンが好きです。しんどいのに、また出たくなる理由を書いてみます
踊り場からの再起動
ぼくはトライアスロンが好きです。
正直、毎回しんどいです。
レース前には少し後悔しますし、
当日も何度か「なんで申し込んだんだろう」と思います。
それでも終わると、
また出たくなるんですよね。
泳いで、自転車を漕いで、最後に走る。
そう書くと、
かなり大変そうに見えると思います。
実際、大変です。
でもぼくがトライアスロンを好きなのは、
「すごいことをやっている感じ」がほしいからではありません。
速い人になりたいからでもありません。
ぼくが惹かれているのは、
苦しくても少しずつ前に進めば、ちゃんと終わりに近づけるところです。
ただ、好きな理由はそれだけではありません。
正直、レース前は毎回少し後悔します。
なんで申し込んだんだろう。
またあの苦しい思いをするのか。
当日も普通にしんどいですし、
レース中は「もう十分ではないか」と思う瞬間もあります。
でも、終わるとまた出たくなるんですよね。
自分でも、きれいには説明しきれません。
たぶんぼくは、
あの苦しさの先にある達成感だけでなく、
そこまで含めてトライアスロンを好きになっているんだと思います。
休職してから、
「前に進んでいる感覚」がよくわからなくなる日が増えました。
仕事のことを考えると、
やってもやっても終わらない感じに飲まれることがあります。
何がゴールなのか。
どこまでやれば十分なのか。
それが見えなくなると、
人はじわじわ削られます。
でも、トライアスロンは違います。
しんどくても、
息が上がっても、
遅くても、
前に進めば終わります。
その感覚を、
ぼくは何度もこの競技に思い出させてもらってきました。
今回は、オカンさんの《Substack文化祭》にも乗っかりながら、
ぼくの「好き」として、トライアスロンの魅力を書いてみます。
今回はこちらの《Substack文化祭》に乗っかって書いています。
きっかけは、「やり切った達成感がすごいらしい」という話でした
最初のきっかけは、
あるYouTuberの方が、トライアスロンの話をしていたことでした。
とにかく達成感がすごい。
フルマラソンほど遠いものではない。
そんな話を聞いて、
ぼくは急に気になり始めました。
ちょうどその頃、
新しいチャレンジをしたい気持ちもありました。
水泳経験が少しあった。
ウェットスーツも持っていた。
今思うとかなり甘いのですが、
「自転車さえ買えば、意外といけるのでは」と思ってしまったんですよね。
それで申し込んで、
申し込んだ日に自転車を買いに行きました。
今振り返ると、
あれは勢いでした。
でも、あの勢いがなかったら、
ぼくはたぶん今もずっと「やってみたい」で止まっていたと思います。
やってみてわかったのは、苦手なものも含めて好きになる競技だということでした
始める前は、
もっと単純に考えていました。
水泳は昔やっていたし、
自転車はなんとかなるだろうし、
走るのは少しずつ慣れればいいだろう。
でも実際は、
そんなに甘くありませんでした。
水泳は思ったよりずっときつかったですし、
ジョギングも最初はかなり苦手でした。
一方で、
最初からいちばん楽しかったのはバイクでした。
風を受けながら進む感じが気持ちよくて、
「ああ、これは好きだな」とすぐ思えました。
しかも不思議なのですが、
自転車を眺めているだけで少し気分が上がるんです。
次はどこまで行こうか。
次はどんな景色を見ようか。
そういうことを考えている時間も、
すでにちょっと楽しいんですよね。
苦手なものもあるし、
毎回うまくいくわけでもありません。
でも、
苦手も含めてだんだん好きになっていく。
そこがトライアスロンのおもしろさなのだと思います。
ぼくがいちばん好きなのは、「自分との勝負」にちゃんと決着がつくところです
トライアスロンの魅力をひとことで言うなら、
ぼくはここだと思っています。
人と比べる競技に見えて、
実際にはすごく自分との勝負なんです。
もちろん周りには速い人がたくさんいます。
レースに出ると、
「うわ、みんな速いな」と毎回思います。
悔しさもあります。
でも最終的にぼくが見ているのは、
周りではなく自分です。
今回の目標はここ。
最低でもここまではやる。
そうやって決めたことに、
自分が届いたかどうか。
それがいちばん大きいです。
過去4回出てきた中でも、
毎回、向き合う課題が違いました。
最初は、とにかく完走することでした。
次は、スイムでパニックにならないこと。
距離が伸びた回は、もう一度ちゃんとやり切ること。
直近は、怪我やメンタルの不安がある中で、
無理せず最後まで進むことでした。
毎回、目標は少しずつ違います。
でも共通しているのは、
そのときの自分に必要な課題を、自分で引き受けている感覚です。
そのたびに悔しさはありました。
スイムで苦しんだこともありますし、
順位はいつもかなり後ろのほうです。
でも、
それでも「自分で決めた目標には届いた」と思えた瞬間の満足感は大きいです。
しかも、
仕事と違って、
トライアスロンは終わりがあります。
苦しくても、
遅くても、
前に進めば終わる。
この感じが、
ぼくはすごく好きなんです。
やってもやっても終わらないものに削られているときほど、
やれば終わるもののありがたさが沁みます。
だからぼくは、
しんどいのにまた出たくなります。
達成感もあるし、
成長感もあるし、
申し込むことでちゃんと鍛えようとも思える。
でも、たぶんそれだけではないんです。
レースが近づくと緊張するのに、
終わると次の予定を考え始める。
苦しかった場面まで含めて、
またやりたくなる。
この少し意味のわからない感じも含めて、
ぼくはトライアスロンが好きなのだと思います。
その結果、
健康や運動習慣にもつながる。
かなりいい循環です。
休職している今のぼくにとって、トライアスロンは「まだ前に進める」と確認する時間です
今のぼくにとって、
トライアスロンは単なる趣味ではありません。
自信を取り戻す装置でもあります。
休んでいる時期というのは、
どうしても自分を弱く見積もりやすいです。
前ほどできない。
気力も落ちている。
そんなふうに思う日もあります。
でも、
泳ぐ。
漕ぐ。
走る。
そうやって身体を動かしていると、
頭の中だけで決めつけていた自分像が少しずつほどけます。
「あれ、まだできるかもしれない」
その感覚が戻ってくるんです。
それに、
トライアスロンは3つに分解できます。
今日はスイムだけでもいい。
今日は軽くランだけでもいい。
遠い病院にバイクで行くのでもいい。
休職中のぼくには、
この逃げ道の多さもありがたいです。
だからぼくにとってトライアスロンは、
「頑張るための競技」というより、
身体から整えるための土台に近いのかもしれません。
そしてもうひとつ、
この競技を通して、ぼくは自分が案外粘れる人間なのだとも知りました。
へこたれそうになっても、
約束したことを守りたい。
朝の配信で「頑張ってきます」と言った以上、
簡単にやめたくない。
応援してくれる人がいると、
もうひと踏ん張りできます。
そういう自分の性格も、
トライアスロンをやるとよく見えます。
コツコツ積めば、ちゃんと返ってくる。
サボれば、次にしんどい。
すごく当たり前なのですが、
それがここまでわかりやすい競技も、なかなかない気がします。
この「好き」を通して、つながれたらうれしいです
今回、オカンさんの《Substack文化祭》の流れに乗って、
ぼくは「トライアスロンが好きです」と書いてみました。
もしトライアスロン経験者の方がいたら、
ぜひ話してみたいです。
実際、Substackでもすでに何人か声をかけてもらえて、
それがすごくうれしかったんですよね。
いま初挑戦しようとしている人の話も、
かなり気になります。
また、トライアスロンのことが気になっている方、
ぜひなんでも質問してください。
それから、
トライアスロンそのものでなくても、
スイムが好きな人、
バイクが好きな人、
ランが好きな人ともつながれたらうれしいです。
あるいは、
今はまだ走れていないけれど、
ちょっと身体を動かしてみたいと思っている人でもいいです。
メンタルが落ちているときほど、
運動が助けてくれることは本当にあると思っています。
別にトライアスロンでなくてもいいんです。
ダンスでも、
登山でも、
バドミントンでも、
ゴルフでもいい。
自分が少し動きたくなるものがあれば、
それはかなり大事な入口だと思います。
ぼくはトライアスロンを通して、
速さよりも、前に進み続ける感覚をもらってきました。
それはたぶん、
休んでいる今のぼくにいちばん必要だったものです。
もし運動が好きな人、
スイム、バイク、ランのどれかが好きな人、
あるいは最近ちょっと身体を動かして少し戻ってきた感覚がある人がいたら、ぜひ教えてください。
ぼくは、そういう話をかなり聞いてみたいです。
最後に、オカンさんの今回の企画記事を紹介します。
素敵な企画を作ってくださり、また参加させていただきありがとうございました!






競技みたいなものってやってないな〜と自省してます。
ウォーキングと筋トレ専門で
ハードなのはやれてない。
サブスタックの記事を上げすぎて反応あるから楽しくなってってスパイラルで。
仕事も反応あるし、
反応あるものが増えると時間が足りないです。
トライアスロンを実際に挑戦する行動力すごいです
私はスケートボードでトリックが成功した時にアドレナリン出まくります
サーフィンは、いいコンディションの時は最高すぎてめちゃくちゃ幸せな気分になります