縄文杉まで歩いた日、これまでの積み上げを信じ直しました
踊り場からの再起動 #19
朝5時50分に歩き始めて、
その日は結局49,337歩でした。
距離でいうと30キロくらい。
時間にすると、9時間半くらい歩いていました。
正直、
ここまで歩けるとは思っていませんでした。
でも終わってみると、
いちばん残ったのは達成感だけではありませんでした。
これまで積み上げてきたものは、
ちゃんと自分の中に残っていた。
そんなことを、
縄文杉まで歩いた一日で
少し信じ直せた気がしています。
最初は少し寂しかったです
朝の出発は、少しだけ寂しかったです。
周りにはガイドさん付きの人たちや、
何人かで歩き始める人たちがいました。
その中で、
ぼくはひとりでした。
まあ行けないことはないだろう。
できれば縄文杉だけではなく、
白谷雲水峡のほうにも行けたらいいな。
そんなことを考えながら、
歩き始めました。
でも、
考えすぎるより、
今に集中したほうがいいとも思っていました。
長いトロッコ道を歩きながら、
気づけば何人かを追い抜いていました。
あれ、
ぼく、結構早いのかもしれない。
しかも、
無理している感じはありませんでした。
思っていたより、歩ける身体でした
時計を見たり、
周りの人のペースを見たりしながら、
思っていたよりかなり早く進めていることに気づきました。
それでも、
息が上がってどうにもならないとか、
脚が終わっているとか、
そういう感じではありませんでした。
案外いけるな、と思いました。
特に大きかったのは、
急な階段が続くところです。
ウィルソン株の手前あたりから、
かなりきつい登りが続きます。
普通にしんどいです。
でも、
そこで思いました。
ああ、これ、やってきたやつだなと。
東京タワーの階段レースに向けて、
ここ最近は階段を上る練習をしていました。
トライアスロンも、
速いわけではありません。
でも、
続けてきたことは、
ちゃんと身体に残っていたのだと思います。
階段を上り続けること。
呼吸を整えながら進み続けること。
しんどくても、少しずつ前に出ること。
その全部が、
今日の山道で生きていました。
縄文杉のあとに向かった太鼓岩の登りでも、
同じ感覚がありました。
しんどいけれど、
身体はちゃんと知っていました。
呼吸に集中すると、今に戻れました
今回あらためて思ったのは、
呼吸はすごく大事だということです。
上りがきつくなったときも、
呼吸を意識すると、
なんとか続けられました。
そしてそれは、
体力の話だけではありませんでした。
呼吸に集中すると、
今に集中できます。
先のことを考えすぎない。
しんどさを大きくしすぎない。
今の一歩に戻る。
そういうことが、
少しやりやすくなりました。
前日の記事で、
焦ると風景が入ってこなくなると書きました。
今日は逆に、
きつい中でも呼吸に戻ることで、
今に戻り直していた感じがありました。
この違いは、
自分の中では結構大きかったです。
母への感謝が、かなり実感として出てきました
こんなに長い距離を歩いていると、
身体が動くこと自体のありがたさを考えます。
この日は特に、
母への感謝が強く出てきました。
こんなに歩ける。
こんなに登れる。
それはもちろん、
最近のトレーニングの成果でもあります。
でも同時に、
健康に産んでくれたことへの感謝も強く感じました。
こうして動ける身体があることは、
当たり前ではないのだと思いました。
縄文杉は別格でした
屋久島に来てから、
杉は何度も見ました。
でも、
縄文杉は別格でした。
太さも、高さも、
ただただ圧倒的でした。
推定樹齢7200年とも言われているそうです。
最低でも2000年以上。
もう、
そういう数字が出てくる時点で、
頭が追いつきません。
ただ、
すごいなと思いました。
長く生きている木の前に立つと、
自分の人生の短さを感じます。
でも同時に、
短いから何もないわけでもないとも思いました。
ぼくにも、
ここまで積み上げてきた時間があります。
トライアスロンもそうですし、
朝の配信もそうですし、
会社員として働いてきた時間もそうです。
うまくいった時期もありました。
そうではなかった時期もありました。
でも、
その全部がなかったら、
今日ここまで歩いてきた自分もいなかったはずです。
縄文杉の前で、
ぼくはそのことを少し信じ直しました。
49,337歩は、これまでの自分を信じ直すには十分でした
夜はもう、
普通に疲れ切っていました。
気づいたら電気をつけたまま寝ていて、
これはもうちゃんと寝ようと思って、そのまま寝ました。
49,337歩。
さすがに、
よく歩いたなと思いました。
屋久島でやりたかったことを、
かなりやり切れた感じもありました。
達成感はありました。
でも、
この日のいちばん大きな収穫は、
達成感だけではありませんでした。
トライアスロンも、
階段練習も、
毎日の配信も、
回復の途中で考えてきたことも、
全部が直接今日のためだったわけではありません。
でも、
そういうものが全部、
今日のぼくを支えていた気がしました。
何か大きな答えが出たわけではありません。
これからどうするかも、
まだ全部は見えていません。
でも、
見えないなりに進めるだけのものを、
ぼくはもう少し前から積み上げてきていたのかもしれません。
縄文杉まで歩いた日は、
これまでの自分を少し信じ直せた一日でした。
もし最近、
「ああ、これ、やってきたやつだな」と思えた瞬間があれば、
よければコメントで教えてください。
散歩でも、
筋トレでも、
毎日の発信でも大丈夫です。
小さな積み上げでも、
あとから別の場所で自分を支えてくれることがあるのかもしれません。








るっくんが積み上げてきたトレーニングや考え方が実った一日だったんですね!
とても良かったです☺️
私も屋久島大好きで何度も行ってます!
トロッコ道 懐かしいー いきなりきつい階段続きますよね笑
お写真見て私も一緒に歩いてる気分になれました。ありがとうございます♪